ココロの箱

私は胸に収まるくらいの白い小さなココロの箱を手に抱えている。


いつの頃からだろう。

ココロの箱のフタを開ける事がなくなったのは。


感情はあるのだ。楽しい事もある。もちろん悲しい事も。

でも、けっして私はこのココロの箱を開ける事はしない。

箱の中の空気が淀んでいても、私はそれに気づかないフリをする。

フタを開けない理由も知っている。が、それもココロの箱にしまってしまった。


ああ、一人でこの箱を抱え、森の中で眠りにつきたい。



この森は孤独に溢れいている。人間一人には大きすぎる存在。

孤独に身を置くと、そこが自分の居場所のように感じる。

私が孤独を愛するように、孤独も私を愛していた。


闇よ、暗く深い底無しの黒い闇よ。


朝の森は孤独な夜と打って変わり、活気がある。

それがとても疎ましく思えた。

早く夜が訪れて欲しいと心底願った。

だが不思議なものだ。


幾度と朝を迎えるうちに私は心変わりをするようになった。

日が昇り、森に差し掛かる頃には、あちらこちらで鳥の囀りが聞こえてくる。


なんて気持ちがいいのだろう。

ココロの箱からそう聞こえた気がした。


そうした朝を迎えるうちに、私はココロの箱を開けてみたい衝動に駆られた。

手の指にしっかり力を入れて、フタを開けようとぐっとする。

しかし、フタは開かない。

引き剥がそうと何度も開けようとしてみるが、頑として開かない。

フタは錆びつき、箱と一体になっている。


どうすれば開ける事ができるのだろう。


いつの間にか必死にフタを開けようとしていた。

力付くであったり、道具を使ったり。

それでも一向にフタは開かない。


森は囁く。

きっとこうすれば良いだろう。

こういう方法があるよ、と。

少し動くほどにフタは緩まりはしたが、ココロの箱は依然として開ける事ができなかった。

仕方なく、私はココロの箱の代わりに、そっくりなココロの箱を用意した。


どのくらいの年月が経ったろう。


森の中で眠りにつく事もできず、

結局、私は日常の生活に戻っていた。


そっくりなココロの箱で生きていた私は、とても虚しかった。

どんなに箱の中の空気が澄んでいても、その箱の中は空っぽだ。

周りの人間も、知らないフリをしているだけ。

偽物の箱と気がついているはずだ。


ああ、私は一生、自分のココロに触れる事が出来ないのか。


今一度、私はフタを開けようと決心した。

自分のココロがなんであったのか。

真実のココロにすごく会いたい。


ココロ、ココロ。

お前は私を見捨てるのか。

私がお前を見捨てたように。

人のココロにフタをしたように。


指の爪が剥がれ落ち、血が滴っても

何度も何度も何度も何度も。


何故開かないのだ!

どうして開かないのだ!!


ついに私の気力は耐えた。

私は疲れ果て地に伏している。


ふと気がつくと、一人の子供が私の目の前に立っていた。


子供は崩れ落ちていた私を、無表情に見下ろしている。

そして、私が姿全身を見る事ができる距離で、足を抱えて座ってしまった。


無言の時間が過ぎる。


子供はじっと私を見つめている。

私も目を逸らさず、じっと見つめている。


無言の時間が過ぎる。


私は疲れ果て、とうとう子供から目を逸らし、

子供の座っている地面に目をやった。


ん?何かが沢山落ちている。


子供はその一つをそっと、そおっと、拾い上げ、

私に手渡した。


両手で受け取った私の手の中には見覚えのあるものがあった。


キュンキュンした

ピカピカした

フワフワした

ジュワーッとした

私の愛おしいココロ。


顔を見上げると、子供は私の顔を柔らかな目でみて、

満遍の笑みで微笑んでいた。



後書き

長文を読んで頂き、ありがとうございます。

昔、こうした小説、エッセイ、詩を書くのが好きでした。

久しぶりに心に湧いてきたので、書き残す事にしました。


解釈は色々あって良いと思っています。

森はなんだったのか。

子供はなんだったのか。


でも、一つだけ。

ココロの箱のフタ。

それは本当にあったのでしょうか。