強く生きる vol.2

 7年くらい前になるのか、演奏活動で思い出に残るエピソードを一つ。ザ・ペニンシュラ東京でのロビー演奏。

 とあるイベントで、確かその時は山本邦山先生作曲の甲乙を演奏したはず。そこにいらっしゃったのが、ザ・ペニンシュラ東京のGMのトンプソン氏だった。とにかく、尺八を気に入っていただいた。それだけではなく、それから間もなくして、10月にペニンシュラでイベントをするので演奏をして欲しいとトンプソン氏から連絡がきた。その年くらいからペニンシュラでは年2回、ロビーでイベントをしていた。3月末くらいに生の桜の樹をロビーで彩らせ、お菓子なども特別なものが用意される。そして秋には紅葉を。まずは、その10月のイベントでの演奏をお願いされた形だった。

 飛び跳ねる程、嬉しかった。何よりもインスタレーション的な空間での演奏ができることに心が踊った。とはいえ、この後、自分を追い込む事になるのだけど。

 演奏時間は14時から30分演奏。30分休憩。それを5回繰り返す。そしてそれを1週間続けるというものだった。嬉しい反面、これは大変だと思った。それは全て、独奏でして欲しいという要望があったからだ。トンプソン氏に合奏でできないかと、お願いしたのだが、君の独奏が素晴らしいからと、合奏にYESとは言ってくれなかった。(それほど、独奏がよかったのは、本当に嬉しかったのだけど。)

 選曲は既存の曲を演奏するにしてもレパートリーにかけるし、正直まいったと思った。しかもお客は1時間で帰らない。お茶をしている客は2時間でもいる。作曲するしかない!そう思って、既存の曲と一緒に自分の曲もレパートリーに加えていった。その時の第一号の作曲が龍聲。龍神様、夢に出てきてくれてありがとう。そう思った。(詳しくはSHOPにあるアルバム「回向」の解説をご覧ください。)

 空間の雰囲気を読む。日本人のお客が多い時は知っている曲を吹くとうける。外国人のお客が多い時は古典的なものがうける。次第にそうした感覚も含めて試行錯誤ではあるけど、形にしていった。お客は僕のファンでも尺八を聴きたい訳でもない。そうしたお客に聴いてもらうのは大変だった。でも、ロビーに歓声や拍手が広がると胸を撫で下ろして安心したものだ。

 それと演奏だけではなく、人を感動させるのに一つこだわった事がある。絶対に暗譜で演奏するという事。大抵、ロビーでの営業演奏は譜面をみて演奏するスタイルが多い。しかし、僕はこのビジュアルの悪さがどうしても気に入らなかった。絶対に写真を撮る人がいるし、その時、非常に格好が悪い。ロビーのモニュメントを汚したくなかった。言うのは易し。実際の演奏では自分をさらに追い込む事になった。毎回、死に物狂いで吹いているので、4回目くらいになると意識が飛びそうになり、暗譜を落としそうになる。しかも、この暗譜演奏の最大の難関は、人の通行だった。普通に背後はもちろん、僕の直ぐ目の前を人の波が通過していく。だから、気迫を如何に出すか考えた。パフォーマンスや音ではなく、人間の内側から出るオーラを想像して演奏していた。

 それでも、演奏は届かない人には届かない。悔しくて悔しくて、毎回、毎回、一心不乱に吹いた。体力と集中力の勝負。僕はこのイベントを、後に修行週間と呼んでいた。実際に終わる頃には腹筋が割れていたし、イベント終了後は「ほえ〜〜」となっていた。

 

 ところで、後から気がついたのだけど、実はこうした経験は、このペニンシュラが初めてではなかった。前回に書いたロンドンでの演奏がそれだった。路上で一人、演奏する感覚。好きな感覚。そこに繋がる事ができた。人は意図してシナジーを生もうとするけど、僕の場合は、そうすればそうするほど上手くいかない。見えない糸が「ふっ」と繋がるような、そういう感覚でいる事が大切。だから、いつも忘れているので後から思い出す。

 こうした努力が報われ、秋だけだと思っていたのが、春もお願いされ、最終的には正月も演奏していた。それが、3年以上続いただろうか。そこでは、色々な出会いがあった。偶然通りかかった、子供連れのお母さん。毎回聴きに来てくれた。後の子供尺八を始めるきっかけになった方だ。ショップの店員でJOJI YAMAMOTOが好きな男性。鎌倉好きで検定を毎回受けているロビーのおじさん。励ましてくれるマネジャー。もちろん、聴きに駆けつけてくれる友人や先生。僕は演奏が好きだし、こうした触れ合いも好きだ。

 あの時の経験は本当にありがたく、トンプソン氏には感謝してもしきれない。だからアルバム「回向」を作った時に、アルバム内の文面に感謝を綴った。これがなければ、「回向」も地無管と呼ばれる虚無僧の音楽も新宿御苑の仕事も繋がらなかった。トンプソン氏の任期が終わり、僕の演奏も終了してしまったけれど、久しぶりに、記事を書いていたら顔を出したくなったな。ロビーラウンジのステーキ丼を食べに。イギリスのトンプソンさんは元気だろうか。 

そうそう、最後に。

当時、海外出張をよくしている友人から突然、連絡がきた。カメラ関係か映像関係の仕事をしていて、アメリカでそういった関係のイベントに行っていたらしい。「アメリカのカメラ雑誌に載ってるよ!」イベントでたまたま目に入った雑誌の表紙に、ペニンシュラでの演奏の写真が使われていたらしい。なんでこんなところにと驚いていた。

 撮られていた事にも気がつかず、おそらく友人が見つけなかったら、僕の中でもお蔵入りするところだった、一冊の雑誌。ロビー演奏から海外に行ってしまうこともあるものなんだなと、心ワクワクしたのを思い出す。(後々、これを撮った写真家に連絡して、食事などもしたのだけど。かなり大物な方でびっくりした。)

 僕は自分で追い込む事はしない。そう言うのは苦手。でも勝手に追い込まれる。強く生きるということではないけど、今、この時にできる事を最大限にチャレンジしたい。きっと、何かに続く糸がそこにはあるのだから。あの時の僕もそうして次の未来を見据えていた。