戸隠の森

 ある人が僕に言った。「あなたには、あなたの森がある」と。僕はその意味がずっとわからないでいた。

 戸隠という長野にある森に僕は年1回、必ず行くようにしている。今年で4年目になる。最初はご縁で。それからは大好きで。今日、僕は1年ぶりにここに来た。


 僕のスタイルは大抵こう。憧れの人であったり、男女関わらず好きになった人からの影響で物事を好きになる。音楽や本、映画。森でさえも、忘れてしまったけれど恐らくそう。もちろん、そうして触れているうちに、本当に好きになるのだけれど。

 でも、最近は変わったかな。ちゃんと心から好きなものを感じている。ずっとそれは続けてきた作業なのだけれど、とても苦手だった。でもこの頃は、そっと手に馴染ませるような感じでわかるようになった。


 「あなたには、あなたの森がある」


 戸隠を訪れる時、去年からキャンプをするようになった。その方が、より自然を身近に感じられるから。でも人間として森にいる横柄な感覚ではなくて、そっと、その中にぽうっといる感じ。自然を満喫するなんておくがましい考えは全く起きない。


 夜、暗闇に身を置く。漆黒の森を見つめる。戸隠の森には熊が生息している。もっとも人がいるようなところには出てこないらしいのだけれど。それでも夜は怖い。少し寒いので焚き火で暖をとる。

 焚き火の温もりと明るさが孤独な僕にとても強い安心感を与えてくれた。こんな気持ちは初めてだった。


 「あなたには、あなたの森がある」


 戸隠の森で数日暮していると、色々と教えてくれる事がある。それは音楽の在り方であったり、人間の在り方であったり、僕という存在の在り方であったり。今回は「囚われるな」という事を教えてもらった。




 「あなたには、あなたの森がある」


 初日の森は久しぶりに訪れた事を歓迎してくれた。二日目の森は心を閉ざす。三日目の森は、また受け入れてくれた。僕が好きだからといって、森も好きとは限らない。そして気まぐれ。森は同じ森でも一度として同じ顔をしているのを僕は見た事がない。何百年生きる森にとって、僕が感じる多彩な変化は1年前と比べても一瞬のうちの点にしかすぎないのかもしれない。


 森はいつだって、人が自然の一部として共鳴している事を淡く感じさせてくれる。ほんのりとしんみりと。

 

 僕には自分らしくない自分が沢山存在する。怖くて人に合わせて社会に揉まれて、沢山作ってきた人格が僕の中で混在している。多分、そんな人は結構いるのだと思うのだけれど。「あなたには、あなたの森がある」という言葉をくれた人は生きる事に、何かを愛する事に真っ直ぐな人だった。そんな姿が羨ましく思った。僕が目標にしている一人。


 戸隠の森はいつも僕の一番根本にあるものをそっと引き出してくれる。